倦怠感―白血病の再発を疑わせる症状―

今回は以前に急性リンパ性白血病の既往歴があり、治癒後4年目にして、初めて白血病罹患当時を思い起こさせるほどの全身倦怠感が発症したため、再発を心配して来院された患者の報告です。

本患者の白血病の発見のきっかけは、患者の病院受診によるものではなく、筆者が偶然、異常を見つけたことによるものです。

白血病発見当時の診断治療と、今回の診断治療とを比べていただけるように記載してあります。また今回の主訴である全身倦怠感の結末も興味深く読んでいただけるのではないかと思います。

【患者】女性、16歳

【初診】2006年6月22日

【主訴】全身倦怠感

【現病歴と自覚症状】

特に思い当たる原因はないが、一週間前より倦怠感を感じ始めた。

数年前の白血病の再発かと思われるため心配して受診する。

【既往歴】

8歳(小学3年生)に急性リンパ性白血病を発症する。その後12歳(小学6年生)の夏に完治するまで入退院を繰り返す。

【既往治療】――白血病治療時――

本患者は筆者の友人の娘であり、家族ぐるみで会うことが多かった。患者が8歳の7~8月は毎日のように会っていた。この頃より全身に異常な発汗と、前腕の異常な浮腫を認めていた。しかし、患者本人に「しんどくないか?」と問うと、「しんどくはない」と答え、自覚はなかった。

ところが10月3日より倦怠感と食欲不振を訴え始め、5日に来院。

第1診:1999年10月5日

主訴:全身倦怠感と食欲不振

望診:顔色は黄色味を帯びるも、目を主とした顔に極端な神の減少はなし。自汗多し。しかし、体表には艶、神ともにあり。形態ともに正常。

問診:主訴以外、可能な限り患者とその母に問うが、異常な項目は皆無であった。

聞診:力強い声とは言えないが、極端な虚を感じない。

切診:

・ 脉診:六部全てに正気なし。特に右関上と両尺中部の正気の無さは顕著

(脉診は正邪脉診法を用いる)

・ 全身に自汗多い。

・ 前腕と下腿に浮腫あるが、押圧後はすぐに戻る。

・ 腹診:左季肋部に異常な膨隆あり。

証 :脾腎の虚。しかし五臓全ての虚。

治療:脾腎を中心に五臓全てを補う。

経過:約1時間治療を続けたが、脉に変化はみられなかった。脉の改善の無さと他の症状との食い違いから、最悪の状態ではないかと非常に不安を感じたが、最悪の状態との診断を下すには至らず、翌日、もう一度診察・治療を行なうことにした。

第2診:1999年10月6日

母親の話しによると、本人が倦怠感はあるが、学校に行きたいというので行かせた、とのこと。下校後の夕刻に来院。

 診察・診断・治療・効果判定は第1診と同じで、変化なし。脉の悪さや改善の無さから、白血病を疑い、すぐに白血病に詳しい医師を紹介した。

その後の経過

第2診の夜、母親から連絡があり、白血病のために翌々日緊急入院することになった。

以後、12歳までの4年間、入退院を繰り返した。退院期間は当院で治療を続け、治療内容は脾腎を補うことが主であった。白血病が治癒した後は、当院に遊びに来た時(数ヶ月に一回程度)、鍼灸治療を行なう程度であった。

【現病治療】――今回治療時――

主訴:全身倦怠感

望診:正常より正気は少なくは感じるが、白血病で入院当時ほどの少なさは感じない。自汗なし。

問診:食欲あり。大小便正常。睡眠正常。生理中でもない。

切診:

・ 脉診:右寸口と両尺中部に虚(脉診は正邪脉診法を用いる)。

・ 背部診:肺兪、腎兪に虚あり。脾兪に虚はあるが軽度。

・ 腹診:少腹に軽度な虚あり。左季肋部に異常(膨隆)なし。胸骨部の裏に熱あり。

・ 井穴診:手の母指と次指、足の小指に虚あり。

・ 前腕部、下腿部に浮腫なし。

証 :肺腎の虚(花粉症)

治療:両至陰と両合谷に接触鍼にて治療。

治療時間は20分間。

効果判定:右寸口と両尺中部の正気は増加、六部すべてが揃う。

経過:術後の脉の改善(正気の増加)より診断・治療は正しかったと判定した。しかし、万が一を考え、翌日必ず白血病の治療を受けていた病院を受診するように指示する。

    二日後、母親から「血液検査で異常はなく、白血病ではないだろうと医師から告げられました」と連絡があり、患者は元気に学校へ行っていると連絡があった。

【考察】白血病発見時と今回分との二つを記します。

―白血病治療時―

1999年(平成11年)の第1診において、脉診での正気の無さや全身の自汗の多さ、肌肉の締まりの無さなどから極端な虚を感じていた。しかし問診では主訴以外の異常を発見することができなかったことと、望診で体表に神が認められたことなどから、極端な正気の虚と判断できなかった。

左季肋部の膨隆に関しても、この当時、正邪の区別が出来なかった。軽い虚であれば“脾湾曲にガスが溜まったもの”と考えられるし、極端な虚であれば“脾臓の腫れ”であると考えられる。しかし、当時はこの判断もできなかった。

もしも“脾臓の腫れ”ならば白血病を疑わなければならない、ことは頭をよぎってはいた。この“軽い虚”と“極端な虚”で、どちらを主証とするか迷った。

治療後、脉の改善がほとんどない場合、次の3つが考えられる。①治療で間違った瀉法を行なった場合。②余程、身体の状態が悪い場合。③患者が強い思考をしている場合。である。第1診終了の時点では①以外の原因を消去できる程の自信がなかった。結局出した結論は「もう1日様子をみよう」であった。

第2診後、脉の改善の無さの程度、つまり治療を行なっても正気が全くといっていい程改善がみられないことから、白血病の可能性が濃厚であると考えられた。もしもそうならば悠長なことは言っていられないので、白血病に詳しい医師を紹介した。

その日の夜に母親から連絡があり、白血病で入院することとなったとのこと。加えて、この2~3日が病の峠であるとも告げられた。状況としては最悪の事態であった。しかし幸運にも病の峠を越えることができた。この時に感じたのは、自分にもっと診断能力があれば、第1診の時点で医師に紹介できたのにということである。

―今回治療時―

今回の2006年6月22日の状態は、白血病時のような著しい正気の虚は、四診すべてにおいて診られなかった。脉診で“右寸口と両尺中部に正気の虚”が診られたこと、井穴診において、“手の母指と次指、足の小指に虚”が顕著であったこと、加えて切経では“胸部の熱”が感じられたこと、これらは花粉症に特徴的なものであり、大阪ではカモガヤの花粉症が流行している時期で、他のカモガヤ花粉症患者と発病時期や症状が似ていた。

また、短時間の治療により脉において正気の増加がみられたことや、自覚症状の改善から花粉症と判断した。患者には「白血病の再発ではないだろう。」と告げ、念のため血液検査をすることを勧めた。結果的には白血病の再発ではなかった。

 花粉症の概念は、一般的に目のかゆみ・鼻水・くしゃみであるが、筆者はこれまでの臨床経験から、全身倦怠感のみの症状でも花粉症の場合があると考えます。

 今回診断で化学物質過敏症やシックハウスも考えられたが花粉症に絞った理由は、花粉の飛散時期と相応していたからである。もしも化学物質過敏症やシックハウスが主たる原因であれば、花粉の飛散時期と相応しない。

まとめ

 今回の論考で重要なポイントは、①確実に正気を増やすことができる接触鍼という方法と、②正気の増減を正確に診ることができる脉診法、③花粉症やシックハウス、化学物質過敏症に対する東洋医学的診断基準、を持っていたことと考えます。

同じ自覚症状(今回は全身倦怠感)でも、重篤な疾患の場合と重篤でない場合の区別が、身体の正気の状態を正確に把握できることで、迷いなく診断・治療ができるということです。


正邪脉診法:寸口部脉診法で、正気と邪気とを明確に別けて診る方法
接 触 鍼:紙を巻いて棒状に作ったもので、五つの色に別けて使う
漢方の臨床「1998年11月(第45巻 第11号)五行鍼の活用」にて公開