燔鍼によるイボの治療

最近、イボの治療に関して、著効を得る新たな体験がありましたので報告したいと思います。
まず、私共の患者さんの症例を紹介します。

症例1

○岸○美 女性 現在45歳 身長153cm 体重53kg

病歴:15年前より産後の不調により当院を受診され、以後、健康管理のために、週に2回のペースくらいで来院中である。

昨年夏より急に頚部にイボが増え始め、このイボをとれないか?と相談を受ける。

経過:対象としたイボの大きさは、直径、高さとも1~5㎜位であった。週に2回ペースの来院であるが、一回に数個ずつ燔鍼で焼くことを続けた結果、30個ほどあったイボは2ヶ月(8月中旬より10月中旬)ほどですべてが消失した。

当初はウイルス性のものであれば、感染の可能性もあることを考えて、一つずつ慎重に様子を覗いつつイボを焼いていたが、問題がなさそうなので、途中からは一回に数個ずつ焼くようになった。

症例2 

○下○雄 男性 56歳 身長173cm 体重78㎏

病歴:幼少時より小学生まで突発性不整脈があり、中学生頃から青年期にかけては消失。しかし、40歳頃より再び出現するようになり、4~5年前頃から頻発するようになる。2年半前から当院へ通われるようになり、一年ほどで発作の程度と頻度は軽減している。

不整脈が頻発し出した40歳頃より頭部や頚部にイボが出始める。イボは望診と問診で認識していたが、当初はイボに重きをおいてはなかった。しかし、主訴である不整脈とも関連がある可能性を考え、昨年10月より燔鍼でのイボの治療をすることになった。

経過:この患者さんのイボは、結局、頭部と頚部を合わせて100個以上あった。大きさはいろいろで、大きいもので直径×高さが5×5㎜位、小さいもので1×1㎜位であった。ひと際大きかったは、右の側頭部にあったもので、小さなイボがコロニーを形成して、カスタネット状の二層になっており、下層のものが面積25×15㎜位、厚さが3㎜位、上層は面積20×20㎜位、厚さが2.5㎜くらいであった。

 治療のペースは5日間隔で、開きすぎの感があったが、イボの治療に問題はなかった。コロニーの部分に関しては非常に大きいため治療を躊躇したが、万が一、膿んだ場合は病院に行っていただくという条件で請負った。

 治療の結果1年ほどで、すべてのイボがほぼ消失した。また、治療の対象にしなかった小さなイボも、他のイボの消失と共に消えたようである。不整脈もイボの治療前に比べ軽減した。

[症例1]と同様に感染を考えながら慎重に行なった。

 

現代医学からみたイボ

 私共が対象にしたイボは、一般的によく見受けられるもので、現代医学的には軟性線維腫または、ウイルス性乳頭腫のうちの尋常性疣贅であると思われます。どちらとも悪性はありません。

古典東洋医学にみるイボ

 古典書物におけるイボの記載は、『霊枢・経脈十』に、「手太陽之別、名曰支正、上腕五寸、内注少陰※、其別者、上走肘、絡肩?、実則節弛肘廃、虚則生肬、小者如指、痂疥取之所別也。」とあり、『諸病源候論』には鼠乳候という名で、「鼠乳者、身面忽生肉如鼠乳之状、謂之鼠乳。此亦是風邪搏於肌肉而變生也。」、また『鍼灸甲乙経』には、「振寒熱頸項腫、実則肘攣、頭項(眩)痛、狂易、虚則生疣、小者痂疥、支正主之。」とあります。

 これらの外に、イボに関しての詳しい記載は、あまり見当たらないようです。

古典にみる燔鍼

 『中国漢方医語辞典』には「火鍼、?鍼、焼鍼の別名があり、一種の特殊な刺鍼法。その方法は、金属鍼の先端を真っ赤に焼いた後、迅速に人体の一定部位の皮下組織に刺入し、かつ迅速に抜き出す。この種の方法は、多くは外科のある種の疾病及びリューマチ性関節炎の治療に用いられる」とある。

『鍼灸聚英』には、「火鍼は風寒湿の邪を抜くに良いもので、癰堅積結瘤など、皆、火鍼の猛熱を用いるとあり、また九鍼の中の大鍼は火鍼である」とも言っている。本文中に孫思の引用があり、そこでは「九鍼のうちの鈹鍼・鋒鍼・大鍼は火鍼であり、即ち?鍼である」といっている。また、『鍼灸聚英』中に「張仲景以前は焼鍼の多用で過誤があった。故に『傷寒論』の中でこの事について言及している。曰く[焼鍼は必ず驚かせしめ、また発汗せしめる。鍼する処に寒被れば、賁豚を発する。加えて焼鍼は胸煩の類の元になる。今世は癰膿を出すに便利である]」とある。

以上のことから、燔鍼には二通りの意味があり、一つは「陽気を補う為の治療道具」、今一つは「物理的な邪である、膿を出す為の治療道具」ということが覗えるのです。膿を出す為の治療道具ということに関しては、鍼を焼くことで滅菌できるという意味で、現代医学的にも納得のできることです。

私共の道具立て

 私共がイボに用いる燔鍼は自作の物であり、先は鋭利なものではなく『続医方啓蒙』にある平頭針のような平な形であります。

燔鍼の材料としては目打ちを用い、先を落とし平に加工し、使い勝手を考えて、先2cmほどを45度程度曲げます。先は直径が1㎜、1.5㎜、2㎜、2.5㎜の4種を使い分けしています。また、ピンセットを用いることもあり、燔鍼同様、先の曲がったものを使用します。刺入しないため、先に鋭利さはいりません。

そして、燔鍼を焼くためのアルコールランプを用意します。『鍼灸聚英』には麻の油を用いるとありますが、アルコールで十分用は足ります。

著者作成の燔鍼

治療の実際

 膨隆の少ないイボは、その直径より少し小さ目の燔鍼を用います。アルコールランプで先を真っ赤に焼き、素早くイボに当て、素早く離し、健康な皮膚に及ばないように焼きます。膨隆が高く倒れているようなものは、イボが立つように、イボの周りの皮膚を左手でもって適宜引きます。そして右手でもってイボの頭から三分の二を目安に焼きます。高すぎて燔鍼が当てにくいイボは、先を焼いたピンセットを用いて、挟みつつ焼きます。大きなイボなど一度で焼けなかったら同じことを繰り返します。

以上のようにイボの頭から三分の二を焼くことで、多くは数日のうちに落ちます。一回で落ちない場合は同じように焼き直します。よほど大きいものでない限り三度焼くことはありません。

イボを焼いた痕は細菌感染をしないように、傷用のバンソウコウを貼っておきます。患者さんにも風呂に入らないことや汚れた場合は自分で消毒していただくようにお願いしています。

燔鍼の特性

 『霊枢・経脈十』や『鍼灸甲乙経』にはイボは虚であると記載されていますし、実際にイボを触診すると、正気が少なく、こちらの気を吸われることから虚であることがわかります。またこの部分は冷えており、虚といっても、虚熱ではないように思います。故に治療は温補を中心にすることが適当となります。

 イボに燔鍼をすると温補の治療を超えて火傷になると思われるかも知れませんが、イボは正気が虚したところに溜まった邪なので、正気を傷つけることはなく問題はないようです。

また、イボのあるところは虚であることから、阿是穴ともいえます。故にイボを治療することは経絡臓腑の治療とも成り得るのです。

実際、脉の変化で診るとイボへの燔鍼治療で好転します。それはイボへの治療でありながら身体全体の治療になっているという事であります。 

安全性の面からいうと、燔鍼を使ってのイボへの治療は、イボ以外の健康な皮膚を焼かない限り問題ありません。万が一、焼いたとしても直灸で焼くほどのダメージもないため、過誤の心配はありません。また、燔鍼は真っ赤に焼いてから用いますので、感染という面からも、これほど安全なものはないと思います。

東洋医学からみた現代医学的治療

現代医学的な治療は「液体窒素による凍結療法」、「電気焼灼」、「外科的切除」、「ヨクイニンの内服」、「ブレオマイシンの局所注射」などであります。

 液体窒素を使った凍結療法は、正気が虚して冷えているイボを更に冷やすということになり、東洋医学的な目から見ると、理に叶っていないように思います。

 寒熱という意味合いから考えれば、電気焼灼の方が理に叶っています。しかし、燔鍼と比べれば道具立てが、どちらもちょっと大そうなようです。

また、外科的に切除という方法があり、小さいものはピンセットでもって摘み、手術用のはさみで切り、大きいものはメスで切除するようです。これは虚のところの正気を傷つけることになり適当ではないでしょう。

以上が東洋医学からみた現代医学的外科的治療であります。薬の塗布や内服、注射に関しては、鍼灸家の私共では分からないので省かせていただきました。

考  察

イボは一般的な鍼や灸ではなかなか治しにくいものです。その上、「燔鍼の特性」の項でも述べましたが、イボは虚が故に生じます。イボができているということ自体、その人の身体全体の正気が虚していることであり、加えてイボの部分が一段と虚していることを現しております。だから虚を充実させないでイボだけを取っても、再発を繰り返すことが多いのです。

しかし、燔鍼であれば、大掛りな設備も要らず、簡単に行なえて、著効が得られます。身体全体からみても、部分からみても、正確且確実に陽気が補われるので、過誤がなく安全性の高い治療といえるのではないかと思います。ただ、悪性のものとの鑑別診断は重要になります。

以上のように、新たな治療法を知ることになったのですが、私共の臨床例は多くなく、一般的な治療法と呼ばれるほどのものではありません。これを読まれた先生方の中で、興味をお持ちになられた方は、一度、お試しになってください。著効を得られることと思います。そして、もし宜しければ、その結果をお教え頂けたら幸いに存じます。

最 後 に

今回、燔鍼でイボの治療をすることを思いついたのは、私(柿田)の母親が幼少の頃、目を患い、医者では治らないと宣告されたのを、民間療法家の治療を受けて治ったという話を聞いたのがきっかけでした。その治療の内容は、「火の付いた線香の先を背中のどこかにチョンチョンと当て、パチッパチッと音がするような治療であった」といい、その治療が著効を得、目は良くなったのです。この目がどのような疾患だったのか、また、何を対象に焼いたかは定かではありませんが、「線香→燔鍼、パチッパチッ→イボ、イボ→ツボ、ツボ→正気が増える、正気が増える→目が治る」という、ひらめきがきっかけでイボを焼くことを思いついた次第です。

専門家は、専門家の話や書物から専門的知識を得ようとしますが、それらから外れたところにも、ヒントになることが埋もれていることに気づかされました。

                             柿田塾

                             塾  長 柿田 秀明
                             塾長補佐 知道  凜

参考文献
 『皮膚病アトラス』            西山茂夫 文光堂
 『針灸聚英』               高武集 上海科学技術出版社
 『中国漢方医語辞典』           成都中医学院・中医研究院・広東中医学院編
 『鍼のひびき灸のぬくもり ―癒しの歴史―』 長野仁解説 野尻佳与子編集 内藤記念くすり博物館発行