胆石疝痛に対する接触鍼の一症例

今回は胆石疝痛発作に対する鍼治療の症例を報告します。鍼治療ではあまり遭遇しない症例ですが、正気の状態を把握する感覚を高めることを研鑽し、正気の状態を知る診察を行うことで、現代西洋医学と東洋医学の診断を共有できる可能性に気付かされました。これは今後の医療の在り方のヒントになると考え、発表させて頂きます。

【患者】女性、38歳。

【初診】2006年2月26日

【主訴】急性の上腹部痛(胆石による急性腹症)

【現病歴と自覚症状】

2月26日の午後9時頃、患者から電話が入る。上腹部(心下部付近)が強烈な痛みのため動けないとのことであった。電話の声から尋常でないことを感じ、往診する。

非常に苦しそうな様子で、長時間の問診は不可能とみて、簡単に行った。

午後8時頃に入浴し、風呂から上がった直後より心下部に、下から突き上げられるような痛みが発症した。その後、徐々に胸郭全体が締め付けられるような痛みに変化した。胆石症の発作時に起こる右肩痛はなかった。

上腹部から胸郭全体の痛みが徐々に増強して、痛みのため動けなくなり、電話をしたとのことである。

【既往治療】

以前より1ヶ月に2回の割合で当院に来院し、接触鍼注1治療を受けていた。

主な証は腎虚であり、朝方は冷え、夕方より発熱する陰陽両虚でもあった。

【既往歴】

20年前に拒食症にて入院。

5年前、エコーにより腎結石と胆石が発見されている。

以前から脳貧血が多く、花粉と黄砂の飛散時期に増悪する。

【初診時所見】

《望診》呼吸は浅く、正座して浅い前かがみの状態から動けない。顔面は血色なく、全身は発汗している。皮膚や眼球の黄疸なし。

《問診》・食事:元来食は細い。動物性のものはほとんど口にしない。

・大便:軟便(1~2回/日)  血便なし

・小便:清長(10回以上/日) 血尿なし

・睡眠:不眠あり、嗜眠あり

・嘔吐:嘔気あり、嘔吐なし

・腹痛:今回、腹痛を発症する前に痛みが続いていたということはない

《切診》

〔腹診〕上腹部を切診すると、右季肋部に異常な緊張と熱感を感じる。右上腹部の深部の気を感じる切診にて診ると、胆嚢の出口と総胆管において異常な熱感を感じた。

〔背部診〕右脾兪に顕著な虚がみられ、同時に熱感を伴っていた。

〔脉診〕この姿勢と緊張状態では、正しい状態を把握することは難しいと思えたが、脉診を行うと弦脈で結代脈はなし。また、正邪脉診法注2で脉中の正気を観ると極端な虚はない。

【証】脾虚。但し脾虚から発症した気滞も存在する。

【治療】

右脾兪に接触鍼を行う。約30分、治療を行った結果、上腹部痛は消失した。

仰臥位にて脉診を行うと、両尺中の正気が少なく腎虚と判断。そのため両至陰に接触鍼を約5分間行い、治療を終了した。

患者には翌日、必ず病院へ行くことを勧めた。

【治療経過】

[第2診]

2月27日。昨日の症状再発や痛みによる後遺症的な症状はなかった。

〔脉診〕両尺中の虚

証:腎虚

治療:両至陰に約5分間の接触鍼

[患者からの連絡]

翌朝、医院を受診する。尿検査と腹部エコーが行われた。尿検査でウロビリノーゲンが少し高値を示したが、腹部エコーからは胆石疝痛後の所見が見当たらないので、医師から「単なる筋肉痛ではないか」と診断された。しかし、念の為に血液検査が行われた。数日後、医師から患者に連絡があり、血液検査の結果から「筋肉痛ではなく総胆管に石が詰ったものであったようだ」と伝えられた。

その後、上腹部痛の再発はない。

【考察】

今回の症状は急性腹症の範疇に入ると考えられる。臓腑弁証は脾虚(虚熱)であった。初診の診察時では胃または十二指腸、胆嚢、胆管、総胆管、上部尿路における炎症性の疾患が考えられた。

胃または十二指腸の問題ならば穿孔が考えられるが、「腹痛が続いていた」「血便があった」などの症状がなかったため、胃または十二指腸の穿孔は除外した。上部尿路結石症ならば、「血尿」や「腰痛」が存在すると考えられるが、それらはなかったため上部尿路結石症も徐外した。

以上のことに加え、気を感じる深部切経より得られた「胆嚢から総胆管あたりにおける異常」を考え合わせ胆石疝痛と判断した。

しかし、判断ができてもどの程度改善できるか分からなかったこと、また場合によっては病院に送る必要があったこと、そして慎重にかつ速やかに診察・診断・治療を行わなければならなかったことが重なり、かなり重いプレッシャーでの状況下であった。

難しい状況であったが、救急で病院に行っても、しばらくは様子をみることが多く、即座に治療を行うとは少ない。また患者の強い要望があったこと、そして治療により改善する可能性があったので治療を行った。

本症例の経験から以下のことを学ばせてもらった。

①今までの臨床経験から、現代西洋医学の肝臓・胆嚢の機能は、東洋医学の脾胃と重なる部分が多く、肝臓・胆嚢の治療には、肝之臓・胆之腑を主とするのではなく、脾之臓・胃之腑を主とする一つの証明となった。

②これは患者がかかった医師の発言であるが、一般的に胆石症は、脂っこい物を摂り過ぎた結果、コレステロールが溜まり石を形成することが多いが、長期間にわたり胆汁をほとんど必要としない食生活(菜食)を続けていると胆汁が胆嚢の中で淀んでしまい、ビリルビン性の胆石症を引き起こす可能性がある。

③医師の発言では、胆石疝痛の発作後、エコー検査を行うと、胆石が総胆管に引っ掛かったことが原因の場合は、総胆管の腫れが見られるが、今回のケースでは発作の翌朝、検査したにも関わらず、それが見られなかった。私的な見解であるが、これは正気を増やす治療をしたことに起因するのではないかと考える。

④以上のことから、東洋医学と現代西洋医学は、より深く融合させるべきものと考える。現代西洋医学は日々人体に於いて新たな発見や、新たな検査機器の開発から分かるように、常に発展しているが、東洋医学は必ずしもそうではないようである。その原因の一つには気に対する感覚の優れた先人が発見した診察法や治療法を、感覚を用いた伝承としては行わず、文字と言葉で伝承してきたためと思われる。今後、東洋医学家は気の感覚を先人達の如く鋭い状態まで高め澄まし、先人が残してくれた文字から感覚として捉えることで、現代西洋医学とより多くの情報を共有し、新たな東洋医学を構築できるのではないかと考える。

注1:接触鍼

 一般的な金属で作られたものではなく、紙を円柱状に巻いた自作のものである。これは形と色と気の関わりを考えて作ったもので、五行別に正気を補ことが可能である。また衣服の上から使用することも可能である。詳しくは「漢方の臨床」第45巻・第11号(1998年11月)創立60周年記念号を参照。

注2:正邪脉診法

 当塾独特の脉診法で、脉状を診るのに加えて、脉中の正気を正確に把握する脉法である。

柿田塾      
塾 長 柿田 秀明